2011年3月



「不要・不急」の給油自粛店頭で呼びかけ
   (3月23日付)
 

 東日本大震災の影響でガソリン不足を懸念した給油客の殺到で関東各地の給油所が混乱している中で、千葉市内の給油所では全石連が3月18日付「ぜんせき」に挟み込んだポスターを店頭に掲示し、混乱回避に努めている(写真)。ポスターは来店客に対し、東北の被災地に優先供給を図るため、不要不急の購買行動を慎んでいただくことを主旨としている。同給油所では店頭で、燃料供給が滞っていることを説明し、店頭での混乱を最小限に食い止めるべく努力している。

 


 
 
 
◆新潟・燃料供給要請で仙台・気仙沼など被災地病院に重油急送
  (3月16日付)
 

 新潟県石油組合(浜田忠博理事長)は3月12日未明に県災害対策本部から被災地の医療機関等に対する燃料供給が要請されたことを受け、仙台市、気仙沼市、白石市、大崎市、山形市などにローサルA重油84klを緊急車両に指定された14klタンクローリー6台で11件にわたり届けた。配送体制が整った各ローリーは順次仕向地に出発し、緊急車両として磐越道・東北道や一般道などを経由し、安全走行に努めつつ燃料補給を待つ医療機関などへ急行した。
 そのうち、仙台市内の病院に向かったドライバーの南昭吉さんは「高速道路上も所々に凹凸があったり、片側通行になっていたが、約4時間で目的地に到着できた。街中には明かりも散見されたが病院の周囲は暗く、係員の指示にしたがって荷卸しした。走行中はサイレンを鳴らした消防車や電気工事関係車両とすれ違うなど、多くの緊急車両が走っていた」と話す。
 また、大崎市と気仙沼市に向かった石山憲之さんは「大崎市の病院は周囲が真っ暗で、係員にライトを照らしてもらいながら荷卸しした。再び東北道に戻り、一関インターから一般道を1時間ほど走り気仙沼市内の病院に着いたのが午後10時ごろ。途中、信号が消えている交差点があったり、荒れ果てた路面などもあったので、普段より一層慎重に運転した。帰路には自衛隊の車両とすれ違った。仮眠を取りながら、新潟に帰庫したのは翌朝10時ごろ。総走行距離は約880kmだったが、なんとか無給油で戻ることができた」と振り返った。

 
新潟県石油組合の組合員が緊急車両の指定を受け、医療機関にA重油を急送した